ロンドンのブリリアント・コーナー (brilliant corners)で、レジデントDJを務めているドナ・リーク (Donna Leake)。ロンドンには音楽との新しい付き合い方を提案する現場がいくつかあり、ブリリアント・コーナーズもそんな店のひとつだ。ヴィンテージのオーディオシステムで音楽を聴きながら、繊細な日本料理を味わう。ドリンクは厳選されたカクテルや自然派ワインが中心だ。このユニークな音楽体験こそがブリリアント・コーナーズの本領である。
ドナ・リークは自らのことをDJである前に、1人の音楽ファンであり、ダンサーであり、リスナーであると考えている。従来のクラブやパーティーでは、音楽への愛を感じたことができず、満たされぬ思いを抱きながら大人になり、ようやく音楽を本当に楽しめるアプローチに出会う。きっかけはロンドンでデヴィッド・マンキューソが主催した会員制パーティー「ロフト」だった。
「音楽を聴いて踊るだけじゃなく、極上の音楽を探し求めてみんなと共有する。これまでの音楽体験をますます素晴らしいものへと進化させていく方法に思いを巡らすのが好きなんです」現在はブリリアント・コーナーズや世界各地の会場で最上の音楽体験を追求している。
そんな彼女に訊ねてみた。「アナログ」についてどう思っているのか? オーディオへのこだわりはどのように育んできたのか? そして最高のパーティーを開催する条件とは?

アナログという言葉を聞いて、真っ先に思い浮かぶのはどんなこと?

温かみがあって、音質が良くて、手入れが行き届いていて、誠実で、深みを感じさせるもの……。アナログは自分にとって新しい世界でもあるので、アナログの捉え方もまだまだ進化している最中です。

アナログに関心を持つきっかけになった人物や出来事は?

初めてアナログのシステムで音楽を聴いたのは19〜20歳の頃。当時はノッティンガムの実家暮らしで、パーティーやクラブに出かけても音楽に没頭できずにいました。踊ったりはじけたりするのも苦手で、自分は永久にこのままなんだろうと思って。そんな時、ある友人が「ロフト」(デヴィッド・マンキューソがニューヨークで創始した伝説の会員制パーティー)がロンドンでも開催されることを教えてもらい、電車に乗って1人で出かけました。そこで生まれて初めてパーティーを楽しみ、心が解放される感動を覚えたんです。それまでに行ったことのあるどんなパーティーとも違い、興奮のあまり、なんと踊ることもできました。当時は音響システムについて無知だったので、あれは音楽や人や空間のエネルギーのおかげなのだろうと納得していました。
ブリリアント・コーナーズに出会ったのは、それから何年も後のこと。最初はなぜあの店が気に入ったのか説明できなかったし、働き始めてからも好きな理由をはっきりと特定できませんでした。でも以前の音楽の聴き方とは、何かがはっきり違うと感じていました。すぐ後にロンドンのパーティー「ビューティ・アンド・ザ・ビート (Beauty and the Beat)」で、また他のパーティーとは別格の時間を過ごしました。この時もまだ音響システムのことは頭になく、やはり音楽や人やエネルギーが違うのだと考えていました。でもブリリアント・コーナーズでしばらく働いているうちに、音そのものが他所と比べようがないほど良質であることに気づきました。そうか、音の質がぜんぜん違うんだ、と初めて正しく理解できたのです。

ブリリアント・コーナーズでのDJ経験から学んだことは?

ブリリアント・コーナーズとの出会いで、本当にすべてが変わりました。長い間、ここ以外の場所で音楽を聴きたくないと思っていたほどです。影響を受けた理由は音響システムだけではありません。創業者のアミット・パテルとアニーシュ・パテルが2013年末にこの店をオープンさせるまでの苦労話にも心を打たれました。この空間に充満する音楽や人のエネルギーからも多くを学んでいます。完璧なパーティー、完璧な音楽体験、完璧な選曲の流れなど、自分の理想にもっとも近い存在を見出した気分でした。
新しい音楽もたくさん聴くようになり、それが自分のエネルギーになりました。音響機器の考え方や音の感じ方も変わりました。マイナス面があるとすれば、あの音の響きに慣れてしまうと、他所の環境で音楽に没頭できなくなることくらいですね。でもブリリアント・コーナーズでDJをするたび、音楽の力やリスナーの感性を信頼する訓練になっていると感じます。

食事やドリンクなど、ブリリアント・コーナーズのサービスと音楽体験との関係は?

すべてが素晴らしい品質を保っていますよ。ブリリアント・コーナーズが用意するものには、本物の愛情と情熱が備わっています。食事も、飲み物も、音楽の質も絶えず進化して、ますますレベルが上っていますね。
以前は「レストランサービスなんかやめちゃえばいいのに」と思ったこともあります。早い時間帯から照明を落として、クッションに腰かけたり踊ったりすれば、もっと音楽に没入できると思ったんです。でもお店のサービスが時間をかけて現在の水準にまで高まった過程に立ち会って、本当に魔法のような経験ができたと感じています。だから今は、何も変えてほしくない。美味しい食事を楽しみながら、最高の音響システムで良質な音楽を聴くのはとても贅沢な喜びですから。

ゲストDJとして、これまで印象に残っている会場は?

モンテネグロのブドヴァにあるキャスパー・バー(Casper Bar)、ミラノのプラスティック (Plastic)、チューリッヒのカシーム (Kasheme)、ストックホルムのホテル・アット・シックス (Hotel At Six)、トレビーゾのディスティレリア・クラブ (Distilleria Club)、ハンブルクのゴールデン・プーデル (Golden Pudel)、ロンドンのサーバント・ジャズ・クオーターズ (The Servant Jazz Quarters)、ロンドンのフォノックス (Phonox)、ジェアイアント・ステップス (Giant Steps)のテント[2017年ホートン・フェスティバル (Houghton Festival)]、トロントのバンビズ (Bambi’s)。みんな素晴らしい会場でした。

最高の夜が演出できる条件を1つだけ選ぶなら?

大切なのは、あらゆる要素を組み合わせた総合力ですね。音質、音楽、照明、人々の熱気などの主要な項目が合格点に見えるときでも、もっと素晴らしいパーティーにできないものかと知恵を絞っています。フロアをもっと掃除しようとか、トイレやバーとの位置関係を変えてみようとか。場合によってはバーを取り払ってもOKだし、果物やジュースに囲まれている環境だって素敵。うっとりするような自然の香りを漂わせたり、喫煙エリアにもスピーカーを備え付けたり、座って休めるクッションを用意したり、いっそ電話を禁止してみたり。未知の音楽を探すのと同じ感覚です。こういう工夫に終わりはないし、絶えず変化していくものだと思っています。

アナログ機器、レコード、ヴィンテージのハイファイなどに惹きつけられるのは、どんなタイプの人?

特定のタイプの人に限られる訳ではありません。世界中で、いろんなタイプの人たちがアナログに夢中になっていますから。ただ1つだけ全員の共通点があるとすれば、それは音楽への愛ですね。
レコードが好きで、音楽に没頭する時間が好きで、そんな気持ちを共有できる場所が好きだと自覚している人なら、誰もがもっと素晴らしい体験を求めて音質にもこだわるようになるでしょう。でもそれが音楽ファンの絶対条件だとは考えていません。音楽の虜になってデジタル環境を整える人もたくさんいるし、自分もその1人でした。でも同じ音楽をアナログ機器で聴いたら、もっと深い世界が広がっていることに気付くんです。ハイファイなんか使わなくても、ありったけの音楽を聴いて探求を続けられる人は昔からいました。人類が始まって以来、長い時代を音響システムなしで過ごしてきたのです。楽器や、人の声や、部屋の音響効果があれば十分だし、究極的には自然の音に耳を傾けるだけでも深い体験や癒しがもたらされますから 。

音楽関係者で、憧れや敬意を感じている人は?

まずはブリリアント・コーナーズのオーナーであるアミットとアニーシュ。自分たちの価値観に自信を持ち、多くの人を巻き込もうと伝え方を進化させています。音質も、店内の環境も、おもてなしにもこだわって、DJやライブミュージシャンたちと音楽への愛を共有しています。2人が立ち止まる姿は想像できませんね。あとはビューティ・アンド・ザ・ビートのセドリック・ウー (Cedric Woo)、シリル・コルネット (Cyril Cornet)、ジェレミー・ギルバート (Jeremy Gilbert)と仲間たち全員。完全にユニークなパーティー体験を13年も提供し続けています。たかだか3年の付き合いしかない私は、最初の10年の盛り上がりを知らないので想像するしかありません。今でもパーティーを訪れるたびにワクワクしています。
素晴らしいお仕事をされている人は何百人もいるので、多すぎて個別に名前を挙げることができません。音楽を創る人と、その音楽を見い出して広める人。機器を造る人や目利きのエンジニア。パーティーやお店を運営する人に、会場を盛り上げるダンサーとリスナー。イベントの構成を考えたり、宣伝して人を呼び込んだり、ラジオ局を立ち上げたりする人も新しい時代の語り部になります。挙げたらキリがありませんが、素晴らしい音楽体験の創出に関わるすべての人との出会いに感動しています。

アナログの世界で、次にやってみたいことは?

何でもやってやろうという気持ちと、何も変えたくないという気持ちが半々。
頭の中では空想の世界が出来上がっているものの、これといった特定の目標はありません。最高の音楽環境、最高のパーティールーム、一流の楽器や機材を完備した最高のスタジオをいつも思い描いています。知識を伝承し、もっと素晴らしい音質で驚きの音楽体験を提供できないものかと思案しています。他の誰かの体験について聞いたり、自分自身で体験したことを土台にして理想の音楽体験について考えています。
片方の目でしっかりと現実を見つめ、もう一方の目は閉じて理想の世界を夢見る。今はそんな感じですね。

文・構成:Greg Scars

ドナ・リーク (Donna Leake)

ロンドン「ブリリアント・コーナーズ」のレジデントDJ(パートタイム)にして生粋の音楽愛好家(フルタイム)。「いま・ここ」の感性に導かれた選曲は心の奥底に響き、どこまでも遠く広がっていく。開かれた耳と心のために奏でられる音楽には、いつも予測不能の驚きがある。

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